(12) タイ、バンコク、トゥクトゥク物語【メッセージは2度ゆれる】

女の子の方から誘われる。

平凡なサラリーマンにはそうそう起こる出来事ではない。

何故ビビったか。

きっと、彼女たちが美人過ぎて怖気付いたのかもしれない。

こういう場合、英語では「チキン、メーン↑」と語尾を上げてバカにされるが、決して鳥ラーメンと言われているのではない。

こうなったら、是が非でも自分の行動(誘いを断った事)を正当化する根拠を後付けしておかなければならない。

失恋には新しい恋、負けたら倍掛け、食あたりには正露丸、相場は決まっている。

ならば、ここは飲み直しの一手だろう。

バービア、ビアバー、生ビール、あなたと乾杯、ハッピーアワー。

よーし、まだ足取りは確かだ。

この辺りの店にしようか。

大きな店の脇の路地を覗くと、中にバービアが並んでいた。

客もまずまず入っている。

これなら、今夜の〆に丁度良さそうだ。

木を隠すなら林、林を隠すなら森、意味はないがそんなこと思いながら、先客のいるカウンターへ腰を下ろしたのだった。

★★★

流石に、二日連チャンでバービアを経験したお陰で落ち着いたものである。

カウンターの中の女の子が視線を合わせて、体の前にある割と大きなクーラーボックスを指さした。

名前は忘れたが、外国のビール会社のTシャツを体にピチーッと張り付かせるように着ている谷間っ子だった。

クーラーボックスは、蓋が外してあり中に氷水と何種類かのビールが無造作に放り込まれていた。

そうだな一本貰おうかと指を上げて、口パクでハイネケンと伝えると、サッと手をクーラーに入れて一本取り出し、スクリューキャップをキュッと外してくれた。

バンコクのママと同じように、ビアホルダーはいりますかと聞かれたから要らないと首を振り、代わりにグラスと氷をくれと頼んだ。

ビールをゆっくりと注ぎ入れながらカウンター越しに、Holiday? と気さくに聞いてくれた。

ああ、1週間ほどだと答えると、日本人でしょうと確認された。

ま、私はハーフでもなければ彫が深い顔でもない。

どこからどう見ても、ブラピには程遠いアジアンボーイだ。

だが、アジア人もいろいろいる中で一発で日本人と見分けられるのは、流石にプロの眼力だった。

胸からタバコを出して咥えると、ハイどうぞと灰皿を出してくれた。

そのタバコ、香りが良くて私も好きよと女の子が言う。

一本吸うかいと聞くと、ありがとうと一本抜いて火を点けて美味しそうに唇を窄めた。

こういった場所での会話は大体同じだ。

何処から来たの? いつまでいるの? 

一人か、グループか、気に入った女の子はもう出来たか、何てのが相場のやり取りだ。

カウンターの谷間っ子は、なかなかに会話が上手い。

ビジュアル的にも申し分なく小麦色の肌に白いTシャツがピシッと似合う女の子だった。

名前を聞いてみると、ノックと教えてくれた。

ノックはね、知ってる? タイ語で小鳥って言う意味よ。

ノック(小鳥)ちゃんか、いい名前だ。

それじゃぁ、ノック、一杯奢るから乾杯しよう。

あら、ありがとう。気前がいいのね。

そうかあ、普通だろ。

ノックは、氷の中へ手を突っ込んで自分もハイネケンを取り出して、キュッとトップを開けてこちらのグラスにチンと音を立てて美味そうに飲んだ。

そうでもないわ。外人の常連客は渋チンだし、ぜんぜん奢ってくれないよ。

見てるばっかりだしねココを、と言って自分の谷間をポヨヨ~ンと指で押して見せてくれた。

その後も、たわいない話をしていると、反対側の客が空のビール瓶を振って追加の注文を頼んで来た。

その様子を見てノックは、ちょっとゴメンねと私に言って、ハーイ今行きまーすとその客に言い、タバコをスッと短く吸って、ビールを掴んで運んで行った。

暫く一人でビールを飲みながら、ぷかぷかとタバコをふかしてタイに来て良かったなと考えている時だった。

ブッブッ。

カウンターに置いた携帯が2度短く震えて着信を知らせた。

あ、メッセージだ。

瞬時に、股間がキュンと反応して、心臓がドキドキした。

こんな時間に、この携帯にメッセージが来るなんて、、

思い当たる相手は一人だけだった。

携帯を持ち上げて、99.9%の確信を持ってメッセージを確認した。

デへ~、ノンちゃんからだった。

* where are you?

なんとも、答えようのないメッセージだったが、それで十分だった。

どうしようかな。

メッセージで返事するか、折り返しの電話をするか、どっちがいいかな~。

正直、高校生の様に心が弾んだ。

直ぐに、「Phuket Patong Beach」と打ち込んで、送信ボタンを押す前に一旦置いた。

ふー、落ち着けよ俺。指まで、興奮しているんじゃないか、、

ちょっと、ぶつくさ独り言を言ったかもしれない。

ノックがその様子を見て戻って来て、なになに、どうしたの携帯に笑いかけてたみたいだけど。

いや、何でもないよ。ちょっと嬉しいメッセージだったものだから。

なるほど、女の子ね。バンコクからでしょう。

、、、

図星すぎてノックの顔を見て驚いた。

どうして、分かったんだい。

そりゃ分かるわよ、お客さんプーケット初日でしょう。

この時間で、地元の女の子からのメッセージなんて早すぎるし、それに、答えはその嬉しそうなお客さんの顔かな。

タバコ、もう一本貰っていい?

ああー、どうぞ、お好きなだけ吸って。

はは、そうか、顔に出てるかあと言って、伸びかけのあごひげを摩(さす)った。

じゃ、ノック、ちょっと聞いてくれるかい。

バービアの女の子の事は、バービアの女の子に聞いてみる、それが良いと思ったのだ。

どうぞ、私で良ければね。

おとといの出会いからの大まかな事を話して、どう思うと聞いてみた。

ノックは、話の途中からあきれ顔になっていたがとりあえず私の話が終わるまで聞いてくれた。

それで、ストーリーは全部なの?

ああ、そんなところだ。

お客さんは、いい人だね。

ノンって子がメッセージを送って来るのも分かる気がするよ。

きっと、お客さんの事が気に入ったのは間違いないね。

もちろん、本当の事は分からないけどと断って答えを続けた。

言えるのは、お客さん次第って事かしらね。

この仕事をしていると男なんていっぱい言い寄って来るんだからね。

良い人も、悪い人も、だから私達は簡単に本気になんかならないものよ。

でも、男と女は不思議でしょ、そう思わない?

だって、いつの間にって思うことが多いんだからホントに。

で、お客さんはノンの事が好きになりそうなの?

いい質問だった。

仮に、今日プーケットへ来ていなければ、間違いなくノンちゃんの店に飲みに行っていただろう。

ごめんなさい。今の質問は間違ってたわね。

もう好きになっちゃったのみたいだもんねー。

ノックは、とても感の鋭い女の子だった。

ちょっと、携帯貸してみてと言って、私から携帯を取り上げて、慣れた手つきでピピピピッと文字を打ち込んで、ハイどうぞと返してくれた。

I miss you. xxx

簡潔だった。

送信するかどうかはあなた次第よ、と言わんばかりに右手でピストルを作ってバキューンと一発私を撃って、他の客のところへ注文を聞きに行ってしまった。

確かに、その通りだった。

つづく、、

★★★

【おまけ】

結局、一本のメッセージを送るまでに1時間ほども掛かってしまった。

あれこれ考えてはノックにアドバイスを求めた。

最後は、大丈夫よノンはきっと待ってるよ、女の感を信じてと言うノックの言葉に押されて、送信ボタンをエイッと押したのだった。

文章は、「Now, Phuket Patong Beach, Good night! Non」と打ち込むのが精一杯だった。

★★★

【おまけ2】

送信ボタンを何とか押せたことで、宴の方もお開きとなった。

最後の一時間は、酒の勢いで押しちゃえーと言いながらノックちゃんと何度も乾杯をしたから結構酔っ払った。

明日、時間があればまた来るよと言って、一人ホテルへと続く坂道を登った。

ほどなくして、坂の途中で、ブッブッと携帯がポケットの中で2度揺れた。

あ、ノンちゃん。

メッセージを開いた瞬間、手の平の中にノンちゃんの笑顔が見えた。

— have a good sleep. Good night! xxx

★★★


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