不可解事件簿、老人とバス
本日、とある老人が喚(わめ)き出した。
そこそこ混雑しているバス車中の話しだ。
ふんッ、
右手で、ちょっと通してくれッ、、
左手で、どいてくれッ、
運転手目掛けて、ガチで進んで行くご老体の足取りは、ガッチリと車床を踏みしめている。
(画像はイメージです。)
おいッ、運転手ッ、
毒のある呼び方だ。
お前の運転の仕方が悪いから、
お前がわざとブレーキを踏んだから、
こけてしまったじゃないかッ、
お前は、我々老人に怪我をさせるつもりか、、
まあ、元気な口調で雑言を吐き出した。
しばらくは、周囲の客も老人の文句かと聞き流していたが、
老人の次の言葉に、後部座席の数人が反応した。
老人曰く、運転の仕方が悪いから、こけてしまった、と言うのだ。
えーッ、お爺さん、こけてない、やん。
その囁きに、前方座席が振り返る。
どっちがホンマやねん、、、
その振り向きに、後部座席が互いに見合い、こけてない、と頭中の合意文書にサインして、一人が首を振る。
その首が、左から右へ振られたと同時に、運転手がマイク越しに問いかけた。
お客さん、こけたんですか、お怪我はありませんか。
こりゃ、高度なマニュアルだなと感じたのは、私だけではあるまい。
その証拠に、私は運転手が後部座席と前方座席のやり取りをバックミラー越しに見ていたのをハッキリと視認している。
以前に述べたが、私は観察とチェックが好きで、田舎の警察官と同等、もしくは、ちょっと下の力量と自負している。
私の座席は、老人の右、真横反対側に、立ち客一人を挟んで、2人掛け左側に着座していた。
真実をお伝えしよう。
爺さんは、こけていない!
運転手の注意喚起を完全に無視し、バス走行中に立ち上がり、自席下部の脚に、己が足を引っ掛けて少しよろけただけである。
それを、数人の客に気遣われ、あぶないッ、と言われた為に、恥ずかしさを隠そうとして、
よろめいた次の一歩を、グッと前方の運転手に照準を合わせてしまっただけだ。
自分が悪いのを隠したい。
勢い余った老人は、ここから前出の悪態をつくのである。
この状況を殆どの乗客が理解していたはずだ。
運転手は、しばらく言わせて、一呼吸入れた老人に、丁寧に対応する。
やはり、決まり文句で、
お怪我はありませんか。
老人は、こけてないから外傷はない。
バツの悪い爺さんは、頭が切れる。
今度は、他人には計り知れない、痛みを訴え出した。
痛たたーッ、
あー、痛い、、
えーッ、乗客皆で呆れ返った。
まるで、吉本新喜劇だ。
既に、イラつき始めている他のご老人が睨み付けている。
おッと、こりゃ、バトルに発展するかぁ、、
その間、バスは最寄りのバス停に停車している。
5分を超えて、痛みを訴え出す老人に運転手が業を煮やして、
分かりましたッ、
そんなに痛いのなら、救急車呼びましょう、と、
ヘッドフォンのマイクを握った。
同時にセンターへ連絡を入れる。
このバス停は、車庫に近い。
速攻で、別の乗務員が2名飛んできた。
運転手は、アナウンスを入れる。
えーッ、只今、乗客に急病人が出ましたので、他の乗客の皆さんは、一旦降車していただいて、後ろのバスにお乗り換え下さい。
ホンマかッ、
こんな聞き分けのない、確信犯の為に、皆んなが犠牲になるのか、、、
ジジイは、二人の乗務員に抱えられて、救急車など要らないと吠えている。
さっきまで、痛くて動けない、と言っていた爺さんは、困り顔で逃げようとしている。
仕方なくバスを降ろされる事になった一人の御老体が、運転手に声を掛けて、ステップを降りる。
あの爺さん、よろけて頭打ちよったから、絶対救急車呼んでやってや、、
はい。
運転手は、緊急コールをマイクで告げる。
他の客は、何も言わずに降りて行く、、
んー、、
最後まで、観察を続けた私は、なんとも言えない気持ちになった。
爺さん、こけてないし、頭も打って無い。伝えるタイミングが無く、降りて行った方々の後ろ姿を眺めながら、
エピローグの無い小説の様だなと考えながら、後ろのバスに乗り込んだ。
窓越しに、救急車の赤色灯が、クルクル回りながら近づいて来るのが見えたが、音は消したままだった。
↓南無阿弥陀仏
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