金持ちとメイド、メイドと私。
子供の頃、よく塚本君の家へ遊びに行った。
大きなお家で玄関先のポーチにはハイカラな花壇が設(しつら)えてあった。
夜になると足元を照らすライトが灯る仕掛けになっていたのを思い出す。
建物はコンクリート造りのデザイン建築で、玄関の扉が大きくて、その重さが今も手の中に感触として残っている。
塚本君のお父さんは、外資系の会社勤めで年中海外を飛び回っていて家にはあまりいないとのことだった。
彼は一人っ子で体育が得意で足が速かった。
お顔の方は、かなりのイケメンで小学生にしてラブレターをたくさんもらっていた記憶がある。
私が初めて食べたバレンタインのチョコレートも彼が貰ったチョコのおすそ分けだった筈だ。
(己が名誉の為に言っておくが、この翌年、私も人生で初めて義理チョコなるものを貰ったんだからね。エヘン)
しかし、カッコよくてモテる塚本君も、勉強の方はあまり得意でなかった記憶がある。
お顔の作りはDNAのせいで、幾分、、いや、かなりの差があった事は認めるが、頭の方はどっこいどっこいだったのだ。
小学生と言うのは、成績が近いと親近感を覚えるらしい。
これは、体や脳から発せられる生命体としての日常ベクトルの共感性を感じ取る能力を備え持っている事に起因しているらしい。
要は、なんだーお前もその程度か、一緒じゃないかという事で惹かれ合う仕組みだ。
私達の場合は、整列順が前後の位置であったことも大きく起因しているかもしれないが、そんな事は私の知る所ではない。
そんな塚本君だったが、家にお父さんが居なかったせいか、寂しい思いもしていたのだった。
平日は、お手伝いさんが来ていた様だったが、基本はお母さんと二人暮らし。
初めて家に遊びに行った時、中年のエプロン姿のオバサンがいて、あれがお母さん?
と勘違いしたことがった。
その風貌が、どうしてもこの洋風の建物と合致しなくて、あの人がお母さんなのと聞いてはいけない気がしたのを覚えている。
しかし、この疑問はほどなくして解ける事になる。
おやつの時間、薄手の皿とカップでケーキと紅茶が出て来た時に、お坊ちゃまとそのオバサンが声を掛けた瞬間に分かったのだ。
塚本君、おぼっちゃ、、すごい。
あなたの家は、お金持ちですね。
ずっと、お友達で、お願い。
彼の家には見たことのない玩具(おもちゃ)がいっぱいあった。
野球盤は最新型の消える魔球装置付きだったし、電子ルーレット、ボードゲームも山のようにあった。
(特筆事項:野球盤AM型 発売年:1974年、累計300万台販売した野球盤史上最大のヒット商品。)
極めつけは、本棚に飾ってあったこけしの様な人形だった。
手に取ってみると木製だった。
それ、中から小型の人形が出て来るんだぜと言われて、頭を外すとホントに小さいやつが入っていた。
金太郎飴みたいだったけど、顔が怖かった記憶がある。
塚本君は、ロシア土産だと言っていた。
当時の私にとって、ロシアという言葉は非日常の最上級に分類されている言葉だった。
へ~、ロシアなんだーと言って、ズルズルッ~と紅茶を啜ってケーキを頬張った。
旨い! 食ったことの無い味だった。
ケーキがふわっふわで、綿菓子のように口の中で溶けていった。
私は確信したのだった。
はっは~ん、お手伝いさんのいる家は金持ちなんだなと。
その後、挨拶した塚本君のお母さんは、いつも綺麗だった。
ロングの髪に大き目のパーマが掛かって、艶(なま)めかしく口元辺りでカールしていた。
紺色のロングスカートは艶(つや)があり、襟のところがひらひらとした黄色の少し透けたブラウス姿が目に焼き付いている。
首に掛けられたネックレスは、キラキラとしていて高級そうだった。
手を前で重ねて、「遊びに来てくれたのね、いらっしゃい。ゆっくりして行ってね。」
この言葉を聞くとなぜか緊張したのを覚えている。
さて、そんな子供の頃の金持ちの記憶がずっと頭に残っていた私に、遂にその潜在的な願いを叶える日が来たのだった。
我が家にお手伝いさんが来ることになったのだ。
アジア諸国では金持ちになると、家が大きいこともあってかお手伝いさんを雇うのが一般的だ。
また、そうして雇用を創出するのも金持ちの責務となっている一面もある。
しかし、不慣れな私は、ただええ格好をして、忙しいからを理由に当時住んでいたマンション(アパートに毛が生えたやつ)の掃除の為にお手伝いさんを頼むことにしたのだった。
それは、数年前のタイでの出来事であった。
その日は朝から仕事があったので、出掛ける前に来てほしいとお願いしておいたのだった。
掃除や片付けが済めば、鍵は一階のオフィスに預けておいてくれとお願いするつもりだった。
何事をするにも、初めてというのはそれなりに緊張する。
その日も例外でなく、ソワソワと朝早起きをして朝食を済ませ、キョロキョロとしながらお手伝いさんの到着を待った記憶がある。
あまりにも、汚れが目立つ個所は、事前に掃除する始末だ。
我ながら、何と気の小さい。
何のためにお手伝いさんに来てもらうのかと笑いが込上げてくる。
ピンポーンッ!
あッ、来た。
おはようございます。
はじめまして、ジップと言います。よろしく願いします。
丁寧なあいさつで、感心した。
ああ、おはよう。
想像して、金持ち風に返事してみた。
ん、待てよ、本当の金持ちは自分で返事するんだろうか、、
まあ、良い。
うーむ、それより、思っていたよりずっと若いじゃないか。
25~6歳といったところだろうか。
正直、もっとオバサンが来ると思っていたから少しビクンッとなってしまった。
ジップさんか、ありがとう。入って。
一通り掃除の指示をして、鍵を預けた。
じゃ、後はよろしくと言って出勤したものの、、
あんなメイドさんが来てくれるなら、これからもチョクチョク頼もうかなあ。
だって、可愛いじゃないか、デヘ~。
いかんいかん、ただのメイドさんだ。何を考えている。
あくまでも、お手伝いさんで、掃除のおばちゃんなんだから、、
ま、仕事ぶりがまずまず丁寧なら、いや、ダメでもそこはしっかりと教えて、ぜひ次回も頼もうと冷静さを取り戻したのだった。
帰宅後に1階のオフィスで鍵を受け取った。
鍵を開けて部屋に入る時、なぜか少しドキドキした。
ひょっとして、そこに何らかの理由でメイドのジップちゃんがまだいるんじゃないかと妄想したのだった。
もちろん、妄想とは空想のおとな形なのだから、部屋には誰もいるはずが無かった。
玄関を開けた鍵をテーブルにガシャと乗せて部屋を見回した。
ちゃんと片付いているだろうか、あの恥ずかしいものは見つかっていないだろうか、、
一応合格点だった。
お願いした掃除と洗濯が済ませてあり、念のために秘密の引き出しもチェックしたが、ここも特に恥ずかしいものが見つかった痕跡はなく、これなら次回も頼めると少し心が昂った。
ただ、ジップちゃんが洗ってくれたマグカップをテーブルの上に見つけた時は、流石に金持ちの家にマグカップは置いてないやろと、また笑い込み上げて来たのだった。
★★★
【おまけ】
ジップちゃんが洗ってくれたマグカップを持ち上げると、一枚のメモが挟んであった。
また、電話してください。067-3421-xxxx Jip
ほほほ、これは、どんな意味なんだろうか、、
急ぎマグカップにインスタントコーヒーを注いで、金持ち風にその紙を眺めてみたのだった。
★★★
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