夜中24時過ぎ、囁く女は、天使か悪魔か。【後半報】

夏の暑さに誘われて一人繰り出したネオンの繁華街。

気が付けば、腕時計の針が24時を右の方へ幾分か回り込んでいる。

ホロ酔い状態だったのは2時間前の昔話。

今や、1歩前進、2歩サイド、半歩後退、ふ~らふら。完全に出来上がっている。

しかし、私はなぜか客引きお婆(おばば)に連れられて、一軒の雑居ビルに足を踏み入れるところだった。

★★★

もう一度聞く。

本当に、全員水着で、、全員ビキニで、、水泳大会をやってるんだな。

えーえー、もちろんですとも。このお婆、嘘はつきませんよ。

さ、行きましょう。

分かった。ヒック。3,000円だからな。

どこだよ、店は、、

ここの4階です。

エレベーターがゆっくりと上に行く。

2、、3、、4、、チーン。

はい、着きましたよ。行きましょう。

通常、キャバクラの店は、エレベーターが開けばエントランスホールになっていたり、少し廊下を進むと入り口が並んでいたりすることが多い。

しかし、この店は、なぜか非常階段を半分ほど降りた踊り場に入り口があった。

しかも、その入り口には店の名前らしき看板やプレートの類は見当たらない。

完全に闇営業の店だ。

そして、お婆がノックしたのは壁に張り付いているのは防火扉だった。

えッ、まさか、この中に部屋があるんか?

ドラえもんのどこでもドアーみたいやなと驚いていると、中から若い黒服が顔を覗かせた。

一応、私の顔を見て、軽く会釈して、お婆と何やら中国語で話している。

アジア諸国で、緊急ピンチ級の飲み屋を数々経験してきた私だ。

分かる。この店は、危ない!

しかし、今更引き返すようでは何しに来たのか分からない。

水泳大会が待っていると自分を鼓舞させて、グイッと力強く入店してやった。

いらっしゃいませー。奥から、ママらしき美人が出て来て、挨拶してくれた。

少し年増な感じだが十分に綺麗だった。

身なりも上品だったし、白い肩にシースルーの絹を羽織っていた。

一瞬だが、竜宮城ってこんな感じなのかと思ってしまった。

挨拶が済むと、後ろで、ガチャンと扉の閉まる音がした。

お婆の姿は既に無く、後には、大きな防火扉が外部との接触を完全にシャットアウトするかのように閉じられていた。

シースルーのママが、この店は朝までやっていますから、ゆっくりして行ってくださいとボックス席に案内してくれる。

先客が二人ほどいるようだった。

この店は、カウンターに7席の止まり木があって、壁際には長いソファーがL字型に置かれていた。

そのソファーの前に、小さな移動式テーブルがいくつか置かれ、何とかボックス席の体裁を取っているのだった。

カウンターとボックス席の間には、ガラス板の大きな丸いテーブルが置かれ、その上にはこれまた大きな生け花が飾ってあった。

多分、これは目隠しのつもりなんだろう。

それが証拠に、真っすぐ座ると客からはカウンターの様子が見えないように配置されている。

さて、店の中に入ったは良いが、既にお婆はここにはいない。

一応、値段の事は言っておかないといけない。

あのさ、ママ。

さっきのお姐さんに、セット3,000円と聞いたんだけどと伝えると、

ハイ、最初の30分、3,000円ですよ。聞いてますよとの返事があった。

意外と素直な返事で、こりゃひょっとすると良心的な店で当たりなのか。

フンちゃん、リンリンちゃん、お願い。

ママに促されて、ふわ~んと甘い香りのうら若き乙女が二人近寄って来て、私の前で立って挨拶してくれた。

こんばんは。座っても良いですか?

おーYes、もちろんだとも。ささ、座りなさい。

二人とも、トップがビキニで、下はひらひらのショートパンツだった。

確かに、水泳大会みたいだなと、お婆が言っていた嘘なら金を返すの言葉を思い出した。

君が、リンリンちゃんか、そして、こっちがフンちゃんか。

いいぞ、二人とも、と言って右手と左手を女の子のももの上に乗せてみた。

おおー、柔らかい、それでいてピンパンと張りがある。

お客さん、女の子、気に入りましたか? ママが聞く。

うん、まあねと気取ってみたが、心の中ではバッチグーだ。想像以上じゃないかと体の各部位も賛同している。

もしよろしければ、指名お願いします。

あー、指名ねえ。どうしよっかなあと溜めていると、

ねーねー、ね~ん、喉が渇いたッよ~。

右のリンリンちゃんが腕を強く絡めておねだりしてきた。

これこれ、と一応ママが止めに入る。

当然だろう。私だってまだ何も飲んでいない。

まして、テーブルの上には、まだ飲み物すら揃っていない状況なのだ。

あ、ずる~い、リンリン。今度は、左のフンちゃんが腕を引っ張って絡めて来た。

左右に、中国の美少女水泳チームを従えて、真ん中の監督は両手をふさがれてしまった。

リンリンは、耳元で指名お願いと囁いて、私の右足に自分右足をも絡めて来た。

その時、さっきの若き黒服が、丸盆にセットのドリンクを乗せてテーブルにやって来た。

私は、とりあえず薄めの水割りと伝えて、ママに聞いてみた。

指名料とドリンクってどうなってんの?

要は値段の確認をしたのだ。

当然の嗜みだろう。夜中24時以降に拉致された密閉空間で、値段も聞かずに飲み始めたら、間違いなく最後はスッポンポンにされてしまう。

ママの説明は、指名が2,000円、ドリンクが1,500円みたいなことを言われた記憶がある。

と言うのも、こういう話をしている間、両側の女の子がさわさわ触ったり、耳元で囁いたり、集中させてくれないのだ。

そして、なんとなく合意がなされたようになって、ママのありがとうございますが聞こえた記憶も残っている。

この時、左のフンちゃんも、私の左腕をグイッと自分の方に引き寄せ、自分の左足を私の左足に絡ませていたのだった。

この時は未だ、ただの酔っぱらい感覚で、水泳大会にこんな競技があったかなと呑気に考えていた。

だが、見方を変えると、両手を左右からロックされ、両足は恥ずかしいくらいに大きく開かれ、お股急所が完全な無防備ポーズになっている。

喉が渇いて、水割りを飲もうにも、自由になるのは頭部と口だけだった。

ちょっと飲ませてとお願いすると、ママさんが、これこれ二人とも止めなさいと言いながら一口飲ませてくれた。

念のため、諸氏にお伝えしておきたい。

私がこの店に入ってから、ここまでたったの5~6分ぐらいだった。

体の自由を奪われていたが、美少女とのぴったし密着プレーに鼻の下をドーンと伸ばしきっていた。

すると、中年の黒服がサービスですと言って、カクテルの様な飲み物を持って来た。

ママも笑顔で、初めて来て下さった方へのお礼です。どうぞと勧めてくれる。

普段の私なら、決してカクテルなど飲まない。

しかし、両側から、美味しいよ~、飲ませてあげよっか? なんて言われて、次の瞬間にはカクテルが口元へ押し付けられて来た。

味の方は、シンガポールスリングみたいで甘かった。

かなり、無理やり感のある飲まされ方だった。

きつい酒でも飲ませて撃沈させるつもりかと思ったが、アルコールの度数はそれほどでもなかった。

ここで、倒れるわけにはいかない。

まだ水泳大会は、始まったばかりだ、、、

カクテルを一気飲みさせられて、お次は、女の子のドリンク。

こちらは、テキーラの様なものをショットでグイッと飲んで気合を入れている感じだった。

この感じ、初めてではない。

南国アジア諸国で遊んでいると、こんなシーンにはしょっちゅう遭遇する。

そして、決まって女の子はテキーラを飲むのだ。

そうこうしていると、ママがメニューの様なものを持って来た。

如何ですか? 

何かご注文なさいますか?

ん、そうだなあ、どれどれ、とメニューに目を通す。

その時だった。

一瞬だが、クラッ、と来た。

なんだ今のは?

急な酔いを感じてクラッとなったのだ。

マズイな、カクテルのせいか。結構酔ったのか。

メニューには、ウイスキーやワインなんかの名前が並んでいたが、良く見えない。

完全に目の焦点が合わなくなりかけている。

この時になって、ようやく気が付いた。

間違いない、薬だ。

酒にはそれ程強くない私だが、このぐらいでは酩酊するようなことも無い。

しまったッ。だからか、、入店したときに気になっていた先客の事だ。

ベンチシートの右奥の角に若いのが一人いて、それから、私の二つ左の席にも中年が一人いた。

しかし、どちらの客も寝ている様子で、珍しいなと思ってママが席に案内してくれた時に聞いたのだった。

心配いりませんよ。あのお客さん達は常連さんで、始発待ちなんですとの説明だった。

店で寝ているのは流石に珍しいと思ったが、深夜営業のメイドカフェみたいな店で朝までダラダラいる客の事も知っていたから、そう言うこともあるんだろうぐらいに考えていたのだった。

しかし、自分のグラグラしてきた頭の事を考えると、状況だけは把握できた。

さっきのカクテルに薬が入れてあり、二人も同じようにダウンしたに違いない。二人とも完全に爆睡している。

ああなってしまえば、後は何をされても分からない。

きっと、ここからは、時間との勝負だ。

薬が完全に効いてまえば、完全ノックダウンだ。

それまでに、何とかこの店を出なければダメだ。

残された時間は少ない筈だ。

私は、おもむろに、立ち上がってお勘定してくれと願い出た。

店の全員が驚いた様子を見せたが振り切った。

領収書な、領収書、いいか、領収書をくれ。

薬のせいか、言っていることに脈略はなかった。

フンちゃん、リンリンちゃん、俺は君達を愛している、心の底から楽しかった。

でも、領収書をくれるか。分かるか? 領収書だ!

私も、なぜ領収書と連呼していたのか分からない。

まして、こんな店の領収書を経費処理できる分けが無いのにだ、、

二人の女の子にロックされているまま立ち上がって、カバンを手に持った。

お勘定してくれ、帰るよ~、領収書。

中年の黒服が、お客さん、座ってくださいよと促して来るが、お構いなしだ。

領収書は、お金を払ってからですよ、と当たり前の事を言われて一瞬正気に戻った。

おお、そうだ。請求書は、いくらだ。

何やら、セットの3,000円が一番上に書いてあり、その後に、ずらずらずら~といろいろ書いてある。

黒のバインダーに挟まれた会計書を見てみると、、、何と、

合計 ¥400,000-

一瞬、終わったと思った。

しかし、グーっと目に近づけて、2センチぐらいの距離で見てやったッ。

その行為に黒服が笑って、声にだして教えてくれた。

お客さん、4万円です。

ほー、安いな。

正直、ホッとした。

完全に見間違えて、40万と書かれていると思ったのだ。

ちょっと待て、ヒック、ヒック、、グエーッ。

ふらッふらになりながらも、最後のグエーッは悔しさ紛れの演技だった。

まだ、吐くほどではない。

しかし、薬のせいか、頭が痛い。

ズーン、ズーン、ずーーん、と脈打ってくる。

カバンから、1万円札を数枚出して、黒服にガサガサっと4枚渡した。

そして、黒服を睨みつけて、領収書ッと言ってやった。

金を払えば文句はない筈だ。

後は、バタバタと歩きながら、今度は、こっちがフンちゃんとリンリンちゃんを抱えて扉に向かった。

ここは、最後の粘りだ。

実際、薬が効いて意識が飛びそうなのを何とか堪えて、両手で二人のケツをギューッと握ってやった。

二人は、ギャッと驚いていたが、金を払った客にもう用はないと言わんばかりに、さよならと防火扉の中へ消えて行った。

この後、微かに残る意識の中で表通り迄出て、タクシーを止めて、家まで何とか辿り着いてバタンキュー。

そして翌日、やっと目が覚めたのは、会社の同僚の何度目かの電話をくれた時だった。

時刻は、午後の2時を回った頃だった。

おーッ、生きてたか、おまえ。

ああ、すまん、何とか生きてるよと言って右手を見ると、なぜか、¥40,000-と書かれた領収書を2枚握っていたのだった。

、、、

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