不可解事件簿、旅の終わりが悲しい理由
私は、自分の事をロマンチストだと思っている。
理由は明瞭で、旅が好きで情に脆(もろ)い点があるからだ。
少し見方を変えれば、感情が常に不安定で現実逃避してるだけかもしれないが、思い込んでしまえばどちらも同じようなものだろう。
学生時代は、日帰り遠足の帰り道ですらノスタルジックな気分になれたし、
修学旅行の最終日などは、感情が明日のある事を忘れたかのように膨れ上がり、好きな子にどうしても今日中に告白したいという気持ちを抑えきれなかったのを覚えている。
その他にも、家族旅行、町内のリクリエーション旅行、卒業旅行、社会人になってからのリフレッシュ旅行、海外研修等、さまざまな旅を経験してきたが、いずれの旅も帰路は物悲しい気分にさせられてきた。
子供にとっても、大人にとってっも、旅とはそういうものなのかもしれない。
そんな思い出が多少は影響したか、旅が好きだった私は、海外出張(国内含む)が多い仕事に就いている。
決して仕事にロマンチックなものを求めた結果ではない。
あくまでも、合法的に興奮できる非日常を手に入れるための手段だっただけだ。
同僚の中には、海外出張など面倒で絶対に嫌だと仰る方がおられるが私には理解できない。
会社が航空券を買ってくれて、海外出張手当までくれると言うのだ。
少し長め日程であれば、最終日は現地の情報取集と視察と銘打ち、堂々と観光に充てて良い事になっていた。
出張前後の日は、準備と後片付けという理由から休日扱いになる事も多かった。
私からすれば、利用しない方がどうかしているとなるのだった。
余談だが、必要経費だって、関係部署への根回しとお土産の工夫次第でちょちょいのチョイだったし。
この辺りのマル秘テクニック、リクエストがあれば公開を惜しむものではないが、ま、みんなも同じようなことをやっているだろうから個々のテクに委ねておこう。
さて、話を本題の方へ戻そう。
今回は、旅の終わりが悲しい理由の考察だ。
流石に、年間120日以上の出張をこなす人間はそうそう悲しんでばかりもいられない。
回数にすると、年間30回は飛ぶことになる。
そんな、脇汗がツンとくる中年ビジネスマンが、毎回、空港の窓際でハンカチ片手に立って涙すれば、間違いなく空港警察(テロ対策班)に御用となる事請け合いだ。
しかし、そんな私ですら、旅の終わりはいつも物悲しくなると考えている。
きっと、その理由は旅で作った思い出と、出会った人々との別れが辛いからだと想像している。
事実、次にまた行けると分かっている場合、悲しさが小さくなることは実験済みとなっている。
要は、「さようなら」と「また、来るね」の違いという事になる。
どんな時も、感情を元に戻すには、時間の経過を置いて他にないと言い伝えられている。
結果、失恋には、新しい恋が特効薬である様に、
旅の終わりの悲しさは、新しい旅の始まりが、その気持ちを癒してくれるのだ。
昔、公務員の方々と海外出張に行ったことがあった。
1人の女性が、担当部署を越えて出張メンバーに選任されたのは、若さと英語が得意であったことが理由だった。
その女性は自分の進むべき道を模索していた時期だったから大いに喜び出張へ参加された。
しかし、海外出張を終えた後、数か月で退職し留学へと旅立ってしまったのだった。
彼女はきっと、海外出張の最終日、体に纏(まと)わり付いた悲しさを振りほどく事が出来なったのだろうと想像できた。
やはり、旅は物悲しさや、過去の記憶をお土産として連れて帰ってしまうものかもしれないと思った体験だった。
先程も申し上げたように、私の場合は、次から次へと出張を入れることで悲しさを紛らわせて来た。
しかし、実は、もう一つ重要視している事があるのだ。
それは、スーツケースという旅のお供を如何にコントロールできるかというものである。
スーツケースは、いろいろなものを詰め込むための道具だ。
私は、通常、中型のスーツケースを好み、60ℓ~65ℓ程の大きさのものを代々使って来た。
靴はココ、着替えはココ、書類はココの下へ、薬類はこの横へと各アイテムの収納場所は所定の位置だ。
それは、帰宅後にスーツケースを開けた際、ぶわーんと思い出の湯気が立たない様に日常だけを詰め込んでいるからだった。
ちなみに、お土産は別の袋に入れることにして、スーツケースには詰め込まない様にしている。
色は、シルバーグレーを選ぶことが多く、あまり目立つ色は好まない。
以前は、空港の回転テーブルで見つけやすいのではという理由から、色付きや少し特徴のあるものを選んでいたが、ある時気付いたのだ。ほぼ間違うことはないという事実だ。
新品の間はキラキラピカピカと光っているし、少し時間が経てば各国で検査を受けたシールでベタベタになってしまうから見分けは付く。
反対に、やたらと目印を付けた旅慣れていないスーツケースは、トラブルに遭遇することが多くなるという経験則もある。
私も一度経験があった。
場所は、タイの昔の空港。ドムアン国際空港であった。
タイ航空の利用が多くなり、自然とマイレージステータスが上がり、ゴールドステータスを初めて獲得した頃だった。
登場回数の多いのを自慢したいのか、凄いだろうと見せびらかしたかったのか、深層心理は良く分からないが、タイ航空から国際郵便で届いたゴールドステータスのネームプレートに興奮しバッチリとスーツケースに装着したのだった。
ちなみに、この時のスーツケースは布製で色は黒。
サイズは、中型と小型の間、45ℓぐらいのものだった。
その当時、私はタイのバンコクに拠点を移し1年程滞在していたのだった。
そこから、オーストラリアのシドニーへ出張し、西へ5000kmほど移動して、最後はパースからプーケット経由でバンコクへ戻る出張だったのだ。
チェックインの時は専用カウンターが利用出来たし、ゴールドメンバーの優越感に浸り専用ラウンジで一杯飲みながら旅の振り返りもしておいた。
この行為も重要で、出張報告を書くと旅の思い出がその中に落とし込めるのか、幾分ではあるが悲しさを削ぎ落とせたのだった。
当時の経由便は、既に、荷物をスルーでバンコクまで届けてくれる事になっていたから僅かな手荷物で搭乗できた。
プーケット島では、追加の客を乗せる為に一旦飛行機を降りて2時間ほど待機する。
待機場所は小ぶりな空港の出発ゲートと同じで、ベンチシートがいくつも並び、その周りにカフェや土産物店が並んでいた。
そして、時間になればまた乗り込むことになる。
窓際の席に座って、眼下を見ればプーケットの海がキラキラと綺麗だったのも思い出す。
今度は、プライベートで遊びに来るかと考えていると、1時間30分の短いフライトは下降体制に入って行く。
定刻通りにドムアン国際空港に到着して、さてさて回転テーブルは何番だっけなと確認して、スーツケースを待った。
通常、ゴールドステイタスを持っていると、荷物プライオリティーカード、すなわち優先取扱いの印を張ってくれるので、比較的早く回転テーブルに姿を現してくる。
んッ、おかしいな。
既に、一般手荷物の順番が来ているのに、未だ出てこない。
直行便と違い、経由便の場合は稀にこういったことも起こるが、この経由便は同じ飛行機を利用しているから、問題が起こりにくい筈であった。
結局、荷物が出て来たのは、回転テーブルから殆どの人がいなくなった最後から数人目、キラリと輝くネームプレート共に私のスーツケースがやっと顔を見せたのだった。
正直、ホッとした。
これも稀にであるが、ロストバゲージと言って、荷物が紛失してしまう事もあるからだ。
出て来たスーツケースは破損等が無いか一応確認しておかなければ、後からではクレーム処理が大変になる。
今回利用しているケースは、全面が布で覆われているタイプだった。
そして、上蓋の両側にジッパーが2つ付いており、それを重ね合わせてダイヤルロック式の小さな鍵で閉じていたのだった。
そら、よっと。
そう重くも無いスーツケースを拾い上げ、鍵の部分をチェックしてみた。
ん?
微かではあるが違和感を感じたのだった。
それは、番号だった。
通常、私は、自分の4桁番号で鍵を閉めた後、ぐるぐるグルっと回して番号をバラバラにする。
しかし、この時の番号は、「0009」を表示している。
おかしい。間違いなく誰かが触った形跡がある。
そう考えて観察すると、少しではあるがジッパーのフックも歪んでいる気がする。
あーッ、これはもしや、こじ開けられたか。不安がよぎる。
場所を壁際に移して、ダイヤルを記憶の4桁に合わせて鍵を外してみた。
ジーッ、ズーッツ。
蓋を開けた瞬間だった。
えッ、ナニコレ?
やられたのは間違いないが、特段金目の物など入れていない。ただ、汚れた下着と靴が入っているだけだった。
しかし、一番上には、あるはずのない、お気に入りのELLE(エル)のTシャツが引っ張り出してあり、
マジックで、「へのへのもへじ」、みたいな落書きがしてあった。
教訓、やはり、旅の終わりはいつも悲しいのかもしれない。
★★★
【おまけ】
あまりにも悔しくて、速攻でバゲージクレームーのカウンターで文句を言ってやった。
すると、担当マネージャーが、驚きの切り返しをしてきたのだった。
たぶん、開けた人は、悔しかったと思われます。
お話をお聞きする限り、盗られたものはなく、スーツケースにも破損は無く、鍵が壊された可能性はありますが、、
可能性じゃねー。やられたんだ、バカヤロー。
お願いです。大きな声を出さないでください。
それと、Tシャツの件も誰が描いたか証明のしようがありませんから、補償対象にはならないかと思います。
何をー!。
それじゃ、何か、
この、「へのへのもへじ」、俺が描いたと言うのか。
、、
悲しすぎるぜッ!
★★★
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