吊革は見た!東京山手線の真実
あれは、まだ私が海外勤務をしていた時だった。
東京への出張命令が下り、少し緊張しながら出発日を待っていた。
東京と言えば、日本の中枢。街行く人は洗練され、才知に長けた男女のエリートが集まる場所と思い込んでいた。
朝、9時30分。
本日、最初の待ち合わせ場所は新宿。
私は山手線のグリンを確認してドアの中に足を踏み入れた。
落ち着け、いくら何でも一歩目で田舎者とは気付かれまい。
木を隠すには林、林を隠すには森。とりあえず、駅のキオスクで日経新聞は購入済みだ。
カバンを網棚に乗せ、左手で吊革を持ち、どうだと言わんばかりに右脇に新聞を抱え持ってカモフラージュしてみたのだった。
出発前、これだけは覚えて置けと友人に言われたことがあった。
東京の人は誰でも日経新聞を読んでいる。朝のビジネスマンならみんな持っているから侮られるなとの教えだった。
吊革にぶら下がる様にして、すぐさま周りの状況確認だ。割と空いている。
朝で目がまだ本調子ではないものの、日経新聞をお持ちの御仁などは視界に飛び込んでは来なかった。
次は、ゆっくりと、
右を見た。ジーーッ。
そして、左だ。ジーーッ。
右に1名、サラーリーマンと思(おぼ)しき50代後半を発見!
んー、どうしたんだ。あの御仁からは、東京ビジネスエリートらしい雰囲気は微塵も感じられない。
どちらかと言えば、我が地元にもいそうな、酔いどれサラリーマンの雰囲気を醸し出されている。
ネクタイはだらりと開(はだ)け目は閉じられている。寝ているのか? 決して精神統一を図っているようにはお見受けできない。
どう見ても徹マン明けの臭そうなオヤジだ。
いかん、いかん。観察は始まったばかりだ。続けよう。
次は、左だ左。ギョロ。
んー、
こちらも、ドア付近の3人掛けベンチシートに高校生君が足を投げ出して座っている。
まあ、多感な学生時代、いろいろあるだろう。
しかし、彼が熟読しているのは、何とッ、グラビアボインで有名な少年マガジンじゃないか。
うーむ、懐かしい。って、田舎の高校生と愛読書が一緒じゃないか。
おい、どうした、東京。
私の知っている、いや、聞き及んでいる東京とは違うじゃないか。
あッ、そうか。分かった。
腕時計で時間を確認した。
ハハハ、これだな。私としたことが迂闊だった。
こんな、朝の9:32分にスーパーエリートが電車に乗っている訳が無いと納得した。
みんな、既にオフィスの中か、、、
おはようございます。
時間通りに先方を尋ねると、受付レディーが丁寧に先導して第1会議室と書かれた部屋へ案内してくれた。
全面窓の広々とした部屋は明るく、東京の景色が一望できて、それは素晴らしい眺めであった。
コンコン、とノックがあって、失礼いたします。
うら若き女性が、お盆の上に一枚の紙を乗せて入室してきた。
ほー、こりゃマズイ。
お茶かコーヒーなら作法も心得ていようが、紙の茶は初めてだった。
心臓が少しドキンッとなって、股間もピクンと撓(しな)りを打った。
いかがいたしましょうか?
えッ、これは、何のサービスでしょう。
まさか、朝から、、デヘ~。
お選びいただけます。
何を?
紅茶、コーヒー、日本茶、本日は静岡茶をご用意してります。
ホット、アイス、共に承ります。
驚いた。
幼少の頃より、客が来たら、まずお茶を、と教育されている私であったが、
メニューを出して、要望を聞いていくれるとは。
先程の電車内では、東京を勘違いさせられそうになったが、底知れぬ東京よ。
では、その静岡茶をアイスで願いします。
お茶が出たのを確認していたかのようなタイミングで部長さんが現れた。
やーやーやー、お待たせ。
確かに顔見知りの相手ではあるが、年長者からこのような対応と挨拶をされては魔法に掛けられたように従順になってしまう。
まして、今回はこちらからお願いがあって訪ねて来たのだ。
まあ、本題の方は下準備のお陰でスムースに事が済み、残り時間があったから朝の話を持ち出した。
はは、そりゃ確かに東京には優秀な人がたくさんいるが、そうでない人も多いよとの事だった。
部長の説明によれば、細かく見ればどこも一緒。ただ、日中の人口が2000万人に膨れ上がる東京には可能性が山の様にあり、優秀な人も集まるんだと言うご意見であった。しかし、重要なのは情報収集力とスピードとも教えて下さった。
その説明は、確かにそうだと感心した。
部長は、続けて東京の電車の話をしてくれた。
東京の朝の通勤電車にはさまざまなドラマが詰まっているらしかった。
それも、どっさりと、ぎっしりと。
営業成績が振るわないやつ、
パワハラに怯えているやつ、
副業が上手くいっていないやつ、
朝、嫁(夫)とケンカしたやつ、
腹の調子がおかしいやつ、
少し漏れているやつ、
少し濡れているやつ、
化粧の臭いがキツイやつ、
二日酔いの臭いやつ、
屁をかまそうとしているやつ、
隙あらば触ってやろうと狙っているやつ、
既に体の一部を擦(こす)り当てているやつ、
揺れに合わせて、技を繰り出したやつ、
カバンと睨(にら)みで完全防御体制のやつ、
Uターンして帰りたいやつ、
朝のこの一時の出会いに恋してるやつ、
そして、誤解を恐れてバンザイしているやつ、
要約すると、まさに人間らしい東京ドラマがあるという事であった。
なるほど、東京は面白い。確かにあれだけの通勤ラッシュだ。いろんな事を考えていて当たり前だろう。
部長のオフィスを出て帰り道、もう一度山手線に乗って腰を下ろした。
部長の話しは面白かったし、東京の街が少し分かったような気にもなった。
ふと、窓に流れる東京の景色に目をやると、窓の前で白い吊革の輪が左右に揺れている。
なるほど、コイツらなら、長年東京のサラーリーマン達を見てきたに違いない。
何となく、恥ずかしくなって、部長に貰った週刊プレイボーイをカバンの中に押し戻したのだった。
★★★
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